Archive for 5月, 2008

NTT docomoはdocohe?

木曜日, 5月 29th, 2008

NTT docomoは携帯電話のオープン化政策に、未だ「フテ寝」で抵抗している。 電気通信事業法に基づく大臣裁定まで無視し続けるNTT docomoに対し、総務省が堪忍袋の緒を切らし、行政指導に踏み切った。そもそも、この「事件」は、通信ベンチャー・日本通信がNTT docomoに回線接続を求め、独自サービスを提供しようとしたところ、NTT docomo側が「難癖」をつけて応じなかったことに端を発する。 昨年11月の大臣裁定はNTT docomoの「全面敗訴」と言っても良い内容だった。 (1)エンドエンド料金(回線網を借りる業者がワンストップで利用者に料金を請求) (2)帯域幅課金 の2点において日本通信の主張が大筋認められたからだ。その裁定から半年。現在、接続に関する技術の検討などに入っており、サービス開始は09年まで待たなければならない。 それとは別に、日本通信はNTT docomoとのレイヤー3接続による「コネクトメール」を開始している。iモードの「メールアドレス・ポータビリティ」を実現したサービスで、日本通信はここでも大臣裁定を根拠に、エンドエンド料金と帯域幅課金による接続を今年3月下旬に申し入れたが、NTT docomoは応じていないという。 漏れ聞こえてくる情報によると、NTT docomo経営企画部が4月に日本通信へ送った回答書は、裁定の発端となった昨年1月の回答書と一卵性双生児らしい。コピー&ペーストか? 決着がついたはずのエンドエンド料金と帯域幅課金には未だ「合意を前提条件として」という一文が入っているという。技術協議に関する部分でも、コネクトメールはすでに接続され、サービスが開始されているにもかかわらず、「技術的な検討と協議が必要」という過去の回答のまま、開発費も「有」だったらしい。 増田総務大臣の面子は丸潰れ。NTT docomo側は、「案件が違う」という屁理屈で時間稼ぎをしているのだ。 契約数が1億件を突破して飽和状態に近づいた携帯市場の頭打ちを打破するためにも、日本の携帯ビジネスを、垂直統合型から「水平分業型」へと移行させるべきだ。話は多少異なるが、このブログでも既報の通り、米国では既にgoogleが「アンドロイド」で携帯オープン化へ向かった。日本も、まずは新たなプレーヤー・MVNO(仮想移動通信事業者)を市場に呼び込み、オープン化を進め、マーケットの拡大をすべきである。そのためにも、エンドエンド料金と帯域幅課金による相互接続が必須条件だ。 NTT docomoはなぜ大臣裁定を無視しているのか――エンドエンド料金と帯域幅課金による相互接続を行なうためには、ネットワーク原価を算出し接続料の約款を公表しなければならない。そうなると、パケット代に比べ不当に高い通話料や不透明な販売奨励金の処理といった現行料金体系の「矛盾」が公になってしまうからなのではないかと推測されても仕方ない。 総務省の側も日本通信をテコにして、膠着状態のMVNO政策に風穴を開けなければならない事情がある。それは、政府のIT戦略本部が提言し、総務省が力を入れる「ふるさとケータイ」は、地方の市町村やNPO(非営利団体)によるMVNOでの携帯事業参入を想定しているからだ。地方の活性化、産業創出、デジタル・デバイドの解消を目的にした首相官邸肝いりの通信政策だけに、民民不介入の立場であっても、NTT docomoの好きなようにはさせられない。 なるたけ時間を引き延ばし、新しいサービスの「陳腐化」を狙うNTTのDNAを継承するNTT docomoに対し、総務省は5月中頃、NTT持株会社の三浦惺社長へ大臣裁定に従うよう指導、三浦社長も「善処」を約束したらしいが…。 NTTグループでは、NTT東日本とNTT西日本の両社に対し、光回線の「Bフレッツ」とネット接続の「OCN」をセットで推奨するなど、子会社との一体営業で「競争を阻害している」として、今年2月に行政指導があったばかり。稼ぎ頭のNTT docomoまで行政指導を受ければ、NTTグループに「寡占の奢り」という「烙印」が押されるだろう。2010年に始まるNTTグループ再編論議にも大きな影を落とすことになる。 「NTT DoCoMo」から「NTT docomo」へとロゴを変えても、中身は変わらないのか?

朝日新聞の「メンコ」

金曜日, 5月 23rd, 2008

不思議なオペラ。4月に大阪、名古屋、東京で上演されたザルツブルク音楽祭の引越公演(朝日新聞文化財団、朝日新聞主催)のこと。 4月24日の上演は上野の東京文化会館ホール。客席のほぼ中央に、朝日新聞の秋山耿太郎社長がいた。上演は同紙創刊130年記念事業の一環だから、ゆかりの人々が大勢招待されている。秋山社長はせわしなく周囲に挨拶を送っていたらしい。 その華やかな一方、87歳の朝日新聞社主・村山美知子氏(朝日新聞社株36.46%を占有・筆頭株主)に自ずと注目が集まる。妹、富美子氏、甥の恭平氏の持ち株を合わせると、村山家で約144万株、45%を占める。姉妹が高齢なためその相続問題が、朝日新聞経営陣にとって頭痛の種との噂が耐えない。 法的な相続人は恭平氏だが、一株1万円で見積もっても相続額は120億円、「数寄屋橋や中之島の一等地に保有する不動産を考えれば一株8万~9万円でもおかしくない」といわれ、相続税を払えず国に物納の恐れもある。 過去に経営陣が株買い取りを打診したが、1960年代に美知子社主の夫、故・長挙氏を社長から追放したわだかまりが残り、評価額についても社員持ち株の買い取り価格と同じ一株1600円では折り合えなかった。 その円満解決こそ朝日新聞の歴代社長が果たせなかった難題だが、どうやら秋山社長はあと一歩までこぎつけていたらしい。朝日の「奥の院」は厚いベールに包まれているが、複数の関係者の話を組み立てると、その輪郭が浮かんでくる。 きっかけは06年に明るみに出た秋山氏の長男が大麻所持で逮捕された事件。秋山社長から辞意を聞いた美知子社主は「朝日に勤めて家庭を顧みず、息子が非行に走ったのでは、創業家としていたたまれない」と涙を流し、「株式問題の解決まで社長の座にとどまってください」と厳命したという。 水面下で工作が始まった。 大枠は、 (1)村山株を引き取る受け皿には、大阪国際フェスティバルなどの音楽会や美術展の助成を行う朝日新聞文化財団(秋山耿太郎理事長)をあてること (2)美知子社主の寄託と相応の額を朝日新聞社が同財団に出すこと (3)財団の定款を変更、助成の対象を文化全般に広げること (4)財団の理事会を改組し、秋山氏に代えて外部から理事長を招請するなど陣容を一新すること これは文化財団を事実上の朝日新聞の持ち株会社にすることにひとしい。美知子社主は財団の理事も務めており、先の『フィガロ』上演など文化事業に実績のある財団なら税金も安くなる利点があるが、鮮明なのは甥の恭平氏に相続させたくないという社主の意向だろう。村山姉妹には、もともと根深い対立がある。美知子社主は妹の結婚を認めず、その子にも拒絶反応を示してきたという噂が公然と流れている。 06年12月3日、ウェスティンホテル大阪の中華料理店で、村山家と上野家(社主・尚一氏、克二氏、信三氏)の創業2家が一堂に会し、美知子社主も車椅子で出席した。これを機に恭平氏は相続人として“認知”されたかのように振る舞い、週刊誌の取材にも応じたが、やはり不信の溝は埋められなかったらしい。  文化財団を持ち株会社にするアイデアは、かつて箱根の「彫刻の森美術館」を使ってフジサンケイグループを支配した鹿内家の手法を思わせる。ただ、朝日のケースは創業家と会社が手を携えて持ち株会社を形成する違いがある。鹿内家を駆逐した日枝久・フジテレビ会長を恭平氏が密かに訪ね株式問題を相談した話も、さもありりなん。 肝心の株式評価額をいくらとしたのかは漏れ伝わってこないが、内々に国税に打診したらしい。新理事長就任を96歳の聖路加国際病院理事長兼名誉院長の日野原重明氏にも依頼し、朝日新聞記者だった細川護熙元首相らを新理事に加える予定だった。09年に文化財団を衣替えする計画は準備万端整い、昨年12月に秋山社長が美知子社主に報告に行った。 そこでドンデン返しが起きた。 御影町の9千坪の屋敷でベッドと車椅子の暮らしを続ける社主は、心変わりしていた。株を手放すのはいや、という。邸内にある財団法人、香雪美術館への寄託が念頭にあるらしい。秋山社長はやむなく年明け、新理事に内定していた人々を集めて「申し訳ない」と計画の中止を告げたという。 元の木阿弥。挫折した極秘プロジェクトが社内の一部に漏れた。初耳だったある論説主幹経験者は「水臭いじゃないか」と秋山社長に詰め寄ったとのこと。 テレ朝が肩代わりに名乗り?これとは別に、上野家の株主3人は3月、美知子社主や恭平氏の同意も得て、 (1)甥を含む4親等まで相続できること (2)社主が相続人を指名できる(現行定款では代表取締役に決定権) (3)株式を時価評価とすること テレ朝で持ち合い構想を進めているのは、テレビ生え抜きの次期社長候補、早河洋副社長らしい。朝日新聞側は複雑だろう。テレ朝の広瀬道貞会長も君和田正夫社長も新聞出身で、持ち合いが実現すれば、フジテレビと産経新聞のようにテレ朝が朝日新聞の親会社になり、“獅子身中の虫”によるクーデターとも見えかねない。 ある試算によると、「現状」(部数の減少と広告費の減少)によって、8年後には「朝日新聞」がなくなるかもしれないという。 そういう「現状」を前に、何をやっているのだか・・・。痛々しい、というほか無い。

電通スポーツコンテンツビジネスの闇とジャーナリズムの嘘

火曜日, 5月 20th, 2008

スイス中の刑事裁判所法廷に6人のスーツ姿の男が集まり初公判が始まった。何十億スイスフランもの札束が乱舞したスポーツ・ビジネス史上最大のスキャンダルが、裁かれようとしていた。日本では一行も報じられなかったが国際サッカー連盟(FIFA)ヨーゼフ・ブラッター会長の黒い噂に加え、世界最大の広告会社・電通の現職専務も登場する前代未聞の裏金疑惑。舞台は2002年の日本・韓国共催のワールドカップである。 問題になったのはスポーツ・マーケティング代理店ISMM(インターナショナル・スポーツ・メディア&マーケティング、日本ではその子会社で、ルツェルンに本社があったISL(インターナショナル・スポーツ&レジャー)の経営幹部6名。 英国やドイツから調査報道記者が詰めかけた。記者連が色めきたったのはISMMの“裏金リスト”。FIFAやIOCなどの幹部に密かに配られたとされる裏金の分配先である。おかげでW杯、五輪、世界陸上を仕切る「三冠王」となった。 香港登記のギルマーク・ホールディングスには、少なくとも400万スイスフラン(約4億円)が送られていた。そのギルマークの実質オーナーは「ハルユキ・タカハシ」。電通の専務取締役・高橋治之氏だ(※大型イベントのプロデューサー。サッカー以外でも活躍。88年には東京ドームにマイク・タイソンを招聘、世界ヘビー級タイトルマッチを成立)。 つまり、ギルマークが電通のダミー会社であり、裏金を受領する窓口だったとすれば、代価に電通はどんな便宜を図ったのか。ISMMは倒産するわずか数週間前、FIFA向けに6600万スイスフランの銀行保証を緊急に必要としていた。97年にFIFAと契約した条件では、格付けA以上の銀行の保証がないとFIFAに契約を破棄されると言われていた。しかし、既に債務超過だったISMMは手持資金が不足。窮したISMMに救いの手を差しのべたのが電通、とりわけ(国際プロジェクト・メディア局長エグゼクティブ・プロデューサーだった)高橋氏である。01年1月17日、現みずほ銀行のロンドン支店がISMMに対して、6600万スイスフランの保証を承認した。同日付で電通とISMMが署名した覚書があるらしい。 その2日後、当時のFIFA事務局長、ミシェル・ゼンルフィネンはクレディ・スイスに宛てた機密文書を書いている。「この銀行保証は電通の後押しがなければ成立しなかった。しかし、ISMMが電通に何を約束したかは不明だ」  しかし、高橋氏のギルマークからも、個人口座への露骨な振り込みもあった。FIFAの理事で南米サッカー連盟コンメボルの会長でもあるニコラス・レオス。アジア五輪委事務局長だったアブドゥル・ムッタレブ・JR・アハメドとされる口座もあると言われる。 スイスの法廷6人の被告のうち、1名が答えた。 「スポーツ団体の幹部たちが欲しがったからだ。カネを払わなければ仕事は成立しなかった」 電通の「闇」は深い。しかも、日本国内ではどこも「報道」していないのが「ジャーナリズム」云々を大義名分にする既存メディアの大きな問題ではないか。「嘘」あるいは「隠蔽」と言っても良い。

「ANY」の不整合

金曜日, 5月 16th, 2008

朝日、日経、読売の3社連合「ANY」。不協和音が聞こえてくる。 ・「文字のサイズ」で読売が朝日を結局出し抜く。 ・「沖縄戦略」で日経が一歩リード。 そもそも新聞記者が「知っている」うちの数十%しか書けない(広告主・広告会社との関係が「柵」に…)なかで、「ANY」が「新s」(あらたにす)」というネット媒体で共同戦線をはろうという狙い(建前論的な「毎日潰し」?)が、実は不整合をきたしているということは、上記2件だけを見ても明らかである。 日本の「共同体」の場合、「弱いものほどネーミングで前に来る」という習慣がどうやらあるようだ。(銀行の合併がその顕著な例)。 そんな「日本的慣習」を鑑みれば、(Y)読売は、(N)日経を共存しうる「別の媒体」と位置づけ、(A)朝日とともに毎日を追い込もうとしつつも、実は(A)朝日の目を抉り取ろうとしてるのだと妄想しても問題ないだろう。  (Y)読売の大長老・ナベツネ氏の最期の聖戦なのであろうか…。過去の成功体験、それによる影響力はもはや「害悪」とも言っても過言ではないあらゆる局面が、まさに「あちらこちら」で散見できる。一刻も早く「実権」を手放す時機ではいないのだろうか。 そうしなければ、かつて栄華を誇ったメディアとともに、広告業界も最期を迎えることとなってしまう…大いなる危惧である。  

水面下で進む広告界の倒産劇の波紋

木曜日, 5月 15th, 2008

電通の最新の決算が発表されたが、かってのような勢いはない。他の大手広告会社も似たようなものである。 ことさらいうことでもないのだが、広告界の地図が明らかに変わりつつある。 ところで、今このような状況下で問題なのは、中小の広告会社と広告業界に関わる多くの関連会社に関する事である。 例えば、関連会社というのは、広告制作プロダクション(CF,グラフィック、SPなど)、印刷会社、マーケッティングソフト提供会社、さらにフリーのクリエーターなどが、経営にいきづまって、中小の広告会社、ローカルの広告会社とあいまって、倒産の危機に瀕してきていることだ。 しかも、水面下でじわじわとこれらの関係者が、この危機に迫られているというのが、なんとも悩ましいころである。まさに、ゆで蛙状態で危機が迫り来るというのは、なんとも不気味で、かつ理不尽ですらある。職業柄このような機会にひと際接する機会が多い事もあるのだが、この数ヶ月特にこの手の話が、急増している事に注目したい。 このような事態に対して、社会的ダーウイン主義の観点に立ち、一刀両断にこれらの問題を切り捨てるのは、いとも簡単であるが、それで切り捨てるのは、どうも腑に落ちる解決策にならないような気がして、落ち着かない。適者生存、環境の変化についていけないものは、当然脱落していく、自業自得、致し方ないといいきっていいのだろうか。決して安易な同情で言っているのではない。抜本的な解決策があるのではないかといっているのだ。それをしないとこの傾向は、雪崩を打ったような勢いで、全体をも壊してしまいかねないと思うのだ。此れまでもこのようなことは、歴史上でも幾つか経験してきた事である。 ただ、よく観察してみると、この危機の原因をなしているものには、幾つかの共通項がある。大きく分けると3つである。 (1)経営者、または経営の主体者が、経営に対して全く無頓着であるか,それがなくてもやってこれた此れまでの体質にどっぷりとつかって、手をこまねいているというケース。経営感覚の欠如、つまり経営の不在だ。 (2)時代環境の変化に対応していない、またはできていないケース。ドラッカーのいう時代の変化に対応した企業のみが生き延びる、ことに対応していない。工業化時代のままで、情報化時代に、とりわけインターネット時代に対して対応ができていないケースだ。これらの人々には、梅田望夫の「ウェブ進化論」と「ウェブ時代をゆく」を読む事を勧めたい。 (3)並べて事業に対して志がない。バブル時代にあぶく銭に浮かれて忘れてしまったのかもしれない。とに角、夢やロマンを持っていないことがあげられる。何れも根本的なことで、これらをもう一度考え直してみる事が先決問題である。 とにもかくにも、倒産の危機が、多くの会社が位置を構える、その角の曲がり角のちょっと先にまでやってきているのだ。実は、今日もそんな相談を受けに今から出向かなくてはならない。再生の方法はないわけではない。しかし、結構難しい。それは、問題が経営者の頭の中にある問題だからだ。茂木健一郎先生に聞くまでもなく、人間の頭は、そう簡単に変われないからだ。でも、問題は、経営者の頭次第である。 広告革新塾の5月27日に講義をいただく経営共創基盤の冨山和彦社長の「会社は、頭から腐る」という言葉をここでもう一度考えてみたい。